0805
M・ナイト・シャマラン監督の最新作「レディ・イン・ザ・ウォーター」の公開と同時に一冊の本が出版された。本の名前は、”The Man Who Heard Voices: Or, How M. Night Shyamalan Risked His Career on a Fairy Tale”。
「レディ・イン・ザ・ウォーター」のシナリオが完成してから試写会が行われるまでの製作舞台裏を綴ったノンフィクションだ。著者はスポーツ・ライターのマイケル・バンバーガーで、シャマラン監督と数ヶ月間行動を共にしてこの本を書き上げている。
本書の抜粋が映画の公開直前に雑誌「Entertainment Weekly」に掲載されていたのだが、製作前のある重大なエピソードの詳細をありありと描写していて、ぐいぐい引き込まれるようにして読んだ。当然、一冊全部読みたくなってしまい、発売前から予約してまで購入してしまった。
製作前のある重大なエピソードとは、「レディ・イン・ザ・ウォーター」のシナリオが完成した段階でディズニーの重役が内容に難色を示したことで、シャマラン監督は彼らの反応に失望し、ディズニーを離れてワーナーで製作することになるまでの経緯だ。
「レディ・イン・ザ・ウォーター」は、シナリオ完成後、まずはディズニーの重役3人がそれを読んで監督にフィードバックするという段取りになっていた。全ページにシリアルナンバーが付けられ、厳重に管理されたコピーを持って監督のアシスタントがLAに飛び、ディズニーのトップ3人にコピーを手渡しする。その提出時間や、それぞれがシナリオをキープしておける日数までが綿密に計画された上でのことだ。
その後、今度はディズニーの3人が監督の住むフィラデルフィアに揃ってやってきて、映画製作について具体的に話す段階になるのだが、ディズニー陣のテンションは最初から低く、エレガントなレストランでセッティングされた会合での会話は終始ぎこちない。ディズニーの社長がシナリオの難点をあれこれと並べつらね、とうとう監督は食事には全く手をつけないまま、ディズニーでの製作を断念することになる。
レストランを出た後、ディズニーの会長がシャマラン監督に「とにかく撮ってくれ。そして自分たちが間違っていたことを証明してくれ」と最後のオファーをするのだが、監督は「それはできない」と言って結局、絶望のどん底でディズニーとの縁を経ち切ってしまう・・・。
そんな緊張に満ちた一大事で始まる本書は、その後、ワーナーへの移行、キャスティング、撮影、編集、そして試写会までの数ヶ月に起きるさまざまな出来事を記録しながら、シャマラン監督のバックグラウンドや私生活まで、興味深い内容を幅広くカバーしている。本の前半、撮影が始まるまでの段階の部分は、ハリウッド・ビジネスの華やかな世界で繰り広げられるやりとりが面白くて一気に読んだ。撮影以降のプロダクション日記も、キャストのゴシップも含めてそこそこ面白いが、製作現場でのディテールを延々と読み続けるには少々忍耐が必要だった。
本書に興味を持ったもう一つの理由は、シャマラン監督という人物が謎に満ちていたから。完全オリジナルの脚本を自ら書くと同時に監督を務め、ビッグマネーを生みだすことのできる数少ないハリウッドの映画人。「シックス・センス」でメジャー監督として彗星のごとく現れた後、「アンブレイカブル」(国内外合わせて興行成績2億4900万ドル)、「サイン」(4億500万ドル)、「ヴィレッジ」(2億5600万ドル)と、連続して巨額の製作費を思うままに動かして撮っているように見える。いくら「シックス・センス」が興行成績とDVDを合わせて10億ドル以上の売り上げを記録した巨大ヒット作だったとは言っても、その後あれほどマニアックな3作を、しかも大型の予算で自由に撮らせてもらえる(ように見える)のは不思議なのだ。
M・ナイト・シャマランという名前も疑問だった。何故ファースト・ネームはイニシャルなのか? その「M」が「Manoj」のイニシャルだということもこの本で知った。インド系の名前「Manoj」は何と発音するのか分からないが、自分の名前が気に入ってないのだろうか、イニシャルにしている理由は不明だ。ミドルネームの「ナイト」(Night) は、監督自身が付けたものだそうだ。日本人もそうだがインド人もミドルネームを付けないのが一般的なのだろう。
シャマラン監督の家族構成は、心理学の博士課程に在籍している夫人と二人の娘。娘たちの為に考えたベッドタイム・ストーリーが本作の原形だということだ。フィラデルフィアの郊外の広大なファーム(農場)で暮らし、お抱えのシェフ、運転手、子供たちの家庭教師などなど、使用人を大勢抱えた貴族のような暮らしぶりは、映画監督という職業としては、ハリウッドでもそう多くはいないだろう。もちろん、自宅とは別にオフィスを構えていて、そこでもアシスタントを雇っている。
製作に際しての監督の決定権は絶大、というか、始めからすべて自分の頭で考えて出来上がっているようなものだろうというのは映画を観れば想像がつくが、徹底して自分のスタンスを守るところもすごい。例えば、ロケはフィラデルフィアの自分の自宅から45分以内のロケーションでなければならない。夜は自宅に帰って家族との時間を過ごしたり、自分のベッドで寝たいからだ。
が、その辺りでは関係者も負けてはいない。「サイン」の撮影時にメル・ギブソンはカリフォルニアから自家用ジェットでフィラデルフィアのロケ地に通っていたりとか、「レディ・イン・ザ・ウォーター」の撮影監督、クリス・ドイル(ウォン・ カーウァイ監督「花様年華」のカメラマン)は、フィラデルフィアではとても生活できないといってニューヨークの高級ホテルに一人泊まり、車で数時間かけて往復していたという、映画業界人のそれぞれの頑固な姿勢も驚き。
それも華やかなハリウッド業界の一面だ。
監督のアシスタントが最初のシナリオをディズニーの社長に届けにいった際、約束の時間に社長が留守にしていたために待たされることになり、その後、社長は遅れたお詫びとして、「ディスニーのジェット機を使って帰っていいわよ」と軽くジェット機一台提供してしまう(アシスタントは断っている)。ワーナーとの交渉の際には、今度はワーナーが専用ジェットでシャマラン監督と側近数人をお迎えにあがり(パイロット二人&スチュワーデス一人同乗)、機内には食べきれないほどの食べ物と、ワーナー映画のシアターが付いている豪華さ。さらにLAでのシャマラン監督ホテル代が一泊3500ドルだとか、ハリウッド・スタジオのぴかぴかのオフィスとか、文章から想像するだけでもきらびやかな光景が目に浮かぶ。
何故ディズニーが本作のシナリオに難色を示したか?それはネタバレになるのでここでは書かないでおくが、本の最後でディズニーの社長とシャマラン監督は和解している。
結局、「レディ・イン・ザ・ウォーター」はアメリカ国内での評価はパッとしなかったが、監督は既に次作に取り掛かっているという。次も楽しみだ。
0723
原題:Lady in the Water
Loews E-WALKにて。2006年M・ナイト・シャマラン監督作。 ポール・ジアマッティ主演。
フィラデルフィアの大型アパート”The Cove”の管理人クリーブランド(ポール・ジアマッティ)は、住人のために害虫を退治したり、壊れた電灯を修理したりと、人々の世話をしながら静かな生活を送っていた。だが彼は最近、アパートの中庭にある大きなプールのことが気になっていた。夜遅くに誰かがプールで遊んでいる気配がしたり、明らかに水質が変わったりしているのだ。ある晩、ついにプールの中の人物と対面したクリーブランドは、神秘的で何かに脅えたようなストーリー(ブライス・ダラス・ハワード)に激しく心を動かされる。ストーリーは、自分は「ブルー・ワールドから来た」と言うのだが・・・。
「シックス・センス」で社会現象的ヒットを飛ばしたM・ナイト・シャマラン監督の最新作。主演は「サイドウェイ」のポール・ジアマッティと、シャマラン監督の前作「ヴィレッジ」のヒロイン、ブライス・ダラス・ハワード。
シャマラン監督作の感想ほど難しいものはない。「シックス・センス」であれだけの衝撃を与えてくれた監督だから、今度はどんな秘密が隠されているのだろう?と、誰もが期待して新作を観に行くだろう事を考えると、あまりストーリーに触れてしまうのはもちろん、これがファンタジーなのかミステリーなのかを明かすことさえ罪になりそうな気がしてしまう。
だから内容についてのコメントは避けるとして、とにかく本作でもシャマラン監督の基本形は健在。物事はすべて偶然ではなく深い関わりを持ち合ってそこに存在する、という一貫した思想はもちろん、緊張感ある画面や密度の高い編集も相変わらずで、シャマラン作品のファンならばかなり納得いく内容だと思う。
そして主演のポール・ジアマッティが最高!予告編でポール・ジアマッティが出ると知った時には、これは期待できそうだとわくわくしたが、クライマックスでは期待以上の熱演を見せてくれて大満足。相手役のブライス・ダラス・ハワードの透き通るような肌の白さ、ちょっと現実ばなれした長い髪が醸し出す神秘的な雰囲気も素敵。
またアパートの住人たちが力を合わせてストーリー(「ストーリー」というのがブライス・ダラス・ハワードの役名なのだ・・・)を助けるのだが、演じているのは「バスキア」をいつも思い出してしまうジェフリー・ライトや「カポーティ」などの名脇役ボブ・バラバンといった個性派の顔もちらほら。
しかし、これまでのシャマラン映画とは違い、今回はストーリーテリングの重要な部分を映像ではなく言葉に頼っている。ミステリーの鍵になる事を畳みかけるようにセリフだけで進めていくので、それを上手く消化できるかどうかでこの映画を楽しめるかどうかが決まってしまうかも。
自分はかなり消化不良だったが、シャマラン作品は後から何度も思い起こして段々と自分なりに完結していくような見方がいいと思っているから、今のところはそれで構わないのだが、現時点では映画としての評価には苦しむところ・・・。
本作はシナリオの段階でディズニーに受け入れてもらえずにワーナーで撮っている。その裏話も含めて、制作中のシャマラン監督の追ったノンフィクションが公開と同時に出版された。(“The Man Who Heard Voices: Or, How M. Night Shyamalan Risked His Career on a Fairy Tale” by Michael Bamberger) 映画のシーンを思い出しながら、今それを読んでいるところだ。
0717
原題:The Devil Wears Prada
Pavilion Cinemaにて。2006年デヴィッド・フランケル監督作。メリル・ストリープ主演。
ノースウエスタン大学を卒業後、ジャーナリストを目指してニューヨークにやってきたアンディ(アン・ハサウェイ)は、出版界の狭き門に苦戦し、唯一面接のチャンスを得たのが超ハイセンスなファッション雑誌「Runway」でのアシスタントの仕事だった。ファッションに疎い田舎娘丸出しのアンディだったが、奇跡的に採用されてしまい、「Runway」での仕事をステップにジャーナリズム界への足がかりを掴もうとする。が、鬼のように厳しく横暴な編集長ミランダ(メリル・ストリープ)の下で仕事をまともにこなすのは至難の業。イジメのごとく無理難題を押し付けられては満足な結果を出せないアンディは、ミランダから辛辣な言葉でとどめを刺される。
そこで奮起したアンディは、「Runway」のファッション・ディレクター、ナイジェル(スタンリー・トゥッチ)の力を借りて、最先端ファッションにイメチェン、これまで以上に仕事をこなす努力を続けるが、次第にボーイフレンドや友人たちとの関係がおろそかになっていった・・・。
ローレン・ワイズバーガーがファッション・マガジンの世界を暴露した自伝的小説「プラダを着た悪魔」を、「セックス・アンド・シティ」などの演出を手がけてきたデヴィッド・フランケルが映画化。誰もがしのぎを削るきらびやかやなファッション界で、カリスマ編集長の下で奮闘しながら自分を見つめなおしていく一人の女性を描く。
最初、主演のアン・ハサウェイ(「ブロークバック・マウンテン」で新境地を開いた)はジャーナリストを目指すほど知性を感じないのでミスキャストかと思ったが、「田舎から都会に出て来た新卒の女の子」という設定を考えてみると、なるほどフレッシュでぴったりだ。
そもそもこの映画はキャスティングが最高。ミランダ役のメリル・ストリープは、もっとヒステリックな演技を想像していたのだが、終始クールで抑えた調子を崩さず、鉄のような女を貫録で演じていたし、「Runway」スタッフのスタンリー・トゥッチ(ハリウッド版「Shall we Dance? シャル・ウィ・ダンス?」)と先輩アシスタントのエミリー・ブラント(スクリーンでは無名のイギリス人女優)は、本作では抜群に目を引く。
対してボーイフレンド役のエイドリアン・グレニアー(「僕のニューヨークライフ」)、友人役のトレイシー・トムズ(「RENT/レント」)が普通のニューヨーカーっぽくて良かった。
映画の大部分は「Runway」オフィス内で展開する。ミランダがもうじき出社すると知ったスタッフ全員の慌てぶりとか、コーヒーがまだ来ないといっては嫌みを言ったり、自分の子供の世話までアシスタントにさせたり・・・と、ワンマン横暴上司ならいくらでもありそうな話は、だれもが自分の経験と照らし合わせて笑えるに違いない。
そうやってミランダが次々と難題を出してくるのは見ていてちょっと面白かったし、それにへこたれない若者が痛快。そして、何よりぎすぎすした世界をコメディにして楽しませてくれる。
監督がTV出身ということからか、映画とシット・コムを融合させたようなシーン切り替えも斬新。お茶の間でTVを見ているような錯覚に陥りそうなカットがあって、妙にリラックスして心の底から楽しめた。
原作小説を元にしているから、かなりリアルにファッション世界を描いているようなので、その点でもウソくささは余り感じられない。デザイナーやモデルは本人が登場していたらしいが、そのあたりに疎いのでさっぱり分からず。でも、別にファッションに興味がなくても十分理解できる内容。ファッション好きなら必見間違いなし、そうでなくともすべての人にお勧め。元気になれる一本。
0703
The Matador (Widescreen)
2006/7/4発売 米国盤DVD
2005年リチャード・シェパード監督作。ピアース・プロスナン主演。
プロの殺し屋として長年のキャリアを持つジュリアン(ピアース・ブロスナン)は、そろそろ中年にさしかかり仕事も人生もスランプ気味。楽しみは酒と女だけ、住所不定で依頼があれば世界中どこへでも出かける生活に疲れを感じていた。メキシコでの仕事を終えた誕生日の夜、気軽に電話をかける友人もいないジュリアンはホテルのバーに向かう。バーの客は見るからに平凡なサラリーマンのダニー(グレッグ・キニア)ただ一人。ジュリアンとダニーは少しの間会話を交わすが、ジュリアンの軽薄な態度に腹を立てたダニーは怒ってその場を去ってしまう。翌日、お詫びのしるしにとダニーを闘牛場に誘ったジュリアンは自分の秘密を明かし、やがて二人の間に奇妙な友情が芽生えるのだった・・・。
「007」シリーズのジェームス・ボンド役を引退したピアース・ブロスナンが、くたびれた中年殺し屋をノリノリで演じた痛快コメディ・ドラマ。
「007」からがらりとイメージを変えてコメディに出演のピアース・ブロスナンがすごくぴったり来ていて、役どころの広さをアピール。下っ腹が出た中年男がビキニの水着とブーツ姿で、ビールを飲みながらホテルのロビーを歩く姿なんてのも披露してしまう。強くてスマートな役ばかりやってきた二枚目俳優がいきなり情けない男を演じるとちょっと惨めに見えてしまいがちだが、このピアース・ブロスナンはよれよれの殺し屋を演じてもじゅうぶん魅力的。殺し屋って本当はつらいんだろうなあ、という同情心さえ湧いてくる。その孤独な殺し屋を受け止めてくれるのが生真面目顔のグレッグ・キニア。この意外なキャスティングが絶妙にマッチ。ダニーの妻を演じるホープ・デイビスも含めて、映画監督としては無名に等しいリチャード・シェパード監督が的確な演出でキャストの様々な表情を引き出している。
ピアース・ブロスナンあってこそ成り立っているような映画だが、ストーリーはちょっとしたツイストを効かせた予想外の展開もあって結構楽しめる。ただし結末はもっと詳細に観たかった気がするので、非常に惜しいところ・・・。
DVDは5.1ch音声の意外な迫力に驚いた。コメディだと思ってボリュームを高めに設定していたら冒頭の爆発がすさまじい大音響。映像は色を強調したような鮮度の高い発色。全編安定した高画質でクリアー度、人肌のリアル感も優秀。字幕は英語とスペイン語を収録。
特典として、監督コメンタリー、監督、ピアース・ブロスナン、グレッグ・キニアの三人が参加のコメンタリー、メイキング、カットシーン、監督へのラジオ・インタビュー、予告編を収録。
0629
英題:UMIZARU 2: TEST OF TRUST
ImaginAsianにて。
2006年羽住英一郎監督作品。 伊藤英明主演。
6月16日〜7月1日の日程で行われたNew York Asian Film Festival(NYAFF) で「LIMIT OF LOVE 海猿」を観てきた。海上保安庁の機動救難隊員として海難救助の最前線で活躍する若者たちを描く。原作コミックを元に映画「海猿」が作られ、その後続編としてTVドラマ化され、今回の映画が完結編になる。
「海猿」一作目は2年前、やはりNYAFFで上映されている。その時は羽住英一郎監督をはじめ、海上保安庁の潜水士訓練生役のキャストの方々が来場し、舞台挨拶では酸素ボンベを背負って腕立て伏せを披露してくれて大いに盛り上がったし、アフターパーティで監督と少しだけお話することができた貴重な経験だった。今回も監督と主演俳優が来場予定と知り、迷わずチケットを購入。
仕事を終えて土砂降りのなかミッドタウンの小さなアジア映画専門館ImaginAsianに向かう。夜8時30分からの上映の前に腹ごしらえということで、沖縄料理のレストランで泡盛を飲んでソーキソバを食べていたらすっかり遅くなり、慌てて映画館へ。
上映開始予定15分前。映画館の入口には長い列ができていて大焦り。おまけに日本人の若い女性ばかりというのはどういうことだ。
運良く列の前の方に友人の姿を見つけてちゃっかり合流させてもらって入場。客席は予約席の張り紙がしてある列がいくつかあり、よくあるプレス関係者用の席かと思いきや、上映開始直前に地元のコースト・ガード(海上保安官)の人たちがぞろぞろとやってきて予約席についた。なるほどそういうことか。みな制服を着ているので一目で分かる。
映画の開始前にNYAFFのスタッフが一人出てきて挨拶があった。今日来場する予定だった俳優の伊藤英明さんは残念ながらスケジュールの都合で来れなくなった、と発表した途端に会場内に落胆の声が。(若い女性が多いのはこの俳優さん目当てだったということだ)
ちょっとイライジャ・ウッド似の陽気なNYAFFスタッフはそんなことにはめげず、「今日のこの雨も海猿をリアルに楽しむための演出だからね〜!」と、あかる〜い挨拶を終えて上映開始。
本作は日本で大ヒット中というから期待していたのだが、どうも納得できなかったというのが正直な感想。前作の方がずっと出来が良かったと思う。
大型フェリー事故での救出劇と救難隊員である主人公の恋愛を絡めて、全編を見せ場に次ぐ見せ場にして海洋パニック映画に仕立てているのだが、アクションもドラマも中途半端だった。前作やTVドラマという土台があって、映画の題材としてこれだけシチュエーションが揃っていながら、救助シーンのディテールが完全に欠如している。主人公の感情も全く描かれていないから、ドラマが薄っぺらだ。だからいくら時間をかけて救出シーンを描いても全然リアルに伝わってこない。ハリウッド映画で何度も見た事もあるようなシーンのさわりだけを繋ぎ合わせたようなカットが延々と続いた。演出も演技も大げさでパターン化しすぎじゃないか。。。
というわけで映画には少々不満が残ったが、自分の真後ろに座っていたアメリカ人3人組には大ウケで、かれらはやかましいほどにいちいち感嘆の声を挙げていた。
上映が終わると、羽住英一郎監督と佐藤隆太さんが登場して舞台挨拶。二人が登場するないなや、前の方の席に座っていた女性たちが一斉にデジカメで写真を撮り出した。
救難隊員として重要な役を演じていた佐藤隆太さんは、学校時代はクラスの人気者だったようなおちゃらけタイプの方のようだ。挨拶中にくしゃみが出て会場から「Bless you」と声をかけられると、「『Bless you』って言われると、ニューヨークっぽくて嬉しいです」とのコメントも。
その後、会場に来ていたニューヨークのコースト・ガードを代表して、アメリカ海上保安庁ニューヨーク支部長であるキャプテン・オブライアンが舞台に上がる。映画の感想を求められると、キャプテンは「日本も同じだと思うがコースト・ガードは決して高くはない賃金で人命を救助する大変な仕事だ」ということをしきりにおっしゃっていた。佐藤隆太さんからキャプテンにダイバーウオッチ、監督からは海上保安庁のジャンパーを着た猿のぬいぐるみが贈られた。
今日はこれでおしまいではなく、この後なんとフジテレビのスポット撮影あり。「LIMIT OF LOVE 海猿 ニューヨーク・アジアン・フィルム・フェスティバル」と書かれた大きな看板を佐藤隆太さんと監督が持って客席を背にして、スタンバイ。カメラマンとディレクターが前に出てきて、観客も全員立つように言われ、佐藤隆太さんが「ニューヨークも」と言った後に声をそろえて「We Love Umizaru!」と叫んでください、と指示される。2回ほど練習して無事撮影終了。
そんなこんなで熱気につつまれた映画館は、その後もロビーで監督らを囲んでちょっとしたレセプションもあり。今日のチケットはソールド・アウトで翌日に追加上映も組まれたほどだし、映画祭としては大成功だった一本のよう。NYAFFのような小規模の映画祭では、費用は主催者の持ち出しで、チケットが売れてはじめて回収できるのだそうだ。日米を映画でつなぐ貴重な機会として、これからも継続して欲しい映画祭だ。