1231
大晦日。
ニュージャージーにある巨大日系スーパー・マーケット、ミツワ(以前のヤオハン)まで正月用品の買い出しに出かける。
途中、渋滞もあってたどり着くまでに一時間半もかかった。毎年混雑するのだが、これも年中行事として済ませずには年を越せない感じ。日系スーパーとは言っても、日本人の姿はまばらで、大部分の客は中国系か韓国系移民。ニューヨーク・エリアは日本人も多いと思っているが、ここに来るとアジア系人口の中での日本人の少なさを思い知らされる。
夜、タイムズスクエアでは100万人の人が新年へのカウントダウンをしている最中、アパートの屋上へ。テロ警戒で上空を旋回するヘリコプターのサーチライトに時折照らされながら、12時きっかり、ブルックリンの公園で上がる花火を見た。遠くマンハッタンの上空にも花火が見える。
英語では、「よいお年を」も「明けましておめでとう」も同じ言葉。
Happy New Year!
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今日が仕事納め。
一昨日にはFantasiumの忘年会も済ませた。今年はSOHOにある京料理のレストランでのお食事会。アメリカでは会社のクリスマス・パーティに家族で参加することもあるから、うちの忘年会もスタッフばかりでなく、その「連れ」の参加も奨励されている。少人数の会社だからそれも楽しみの一つだ。
さて今日も息つく暇もない忙しさ。
取引先の一つであるC社に朝一番で電話して、担当者が既に会社を辞めていたことを始めて知る。アメリカ人はすぐ転職するから、いちいち取引先のすべてに挨拶などしないのだろう。こちらとしては、たまにしか用のない会社に久しぶりに連絡して、担当(だったはずの人)の名前を告げても、そんな人知らない、などと言われたりするから困ることもある。
とにかく、C社の新しい担当者であるクリスティーンはミーティング中ということなので、ボイス・メールにコールバックしてくれというメッセージを残した。お昼頃になってC社から電話があったが、クリスティーンではなく別の人。ちゃんと話は通っているのでメッセージは聞いてくれたらしいが、新しく担当になったばかりで直接コールバックしてこないというのは、単に手抜きなのか、たまたま忙しいのか、休み前なので午前中だけで帰ってしまったのか・・・。
アメリカの会社では、連休の前日になると、午後になれば早退してよいという暗黙の了解というか、もう仕事をしなくてもいいという雰囲気が漂う。それも会社や部署によって大分違うが、役職のある人ほど早く帰ってしまうものなので、部下もそれが許されるのだろう。今日のような日も、午後になるとあちこちでオフィスが空っぽになってしまう。
アメリカには仕事納めという概念がない分だけ感慨も薄く、バタバタと今年最後の業務が終わった。
1228
原題:Rent
Loews 34th Streetにて。2005年クリス・コロンバス監督作。ロザリオ・ドーソン主演。
プッチーニのオペラ「ラ・ボエーム」を現代に置き換えて、故ジョナサン・ラーソンによって作られたブロードウェイミュージカル「レント」。1990年代のNYイーストビレッジに住む若者たちの貧困や苦悩、ホームレス問題、エイズ、同性愛などを扱って圧倒的な支持を得、1996年のトニー賞やドラマデスク賞などを総なめ。現在もロングラン中で、来年で10周年を迎える人気作品だ。
ジョナサン・ラーソンとともに舞台を作り上げたオリジナルキャストたちは、熱心なファンの間では伝説化していると言っても過言ではないが、そのキャストたちの多くが出演して、「ハリー・ポッター」シリーズで知られるクリス・コロンバス監督が舞台を映画化。もちろん、舞台で使われている楽曲のほとんどはそのまま映画でも使われ、映画公開を待ち望むファンにとっては、予告編だけでも興奮と涙である。
物語は、ほぼ舞台の通り進む。
1989年のクリスマスイブ。映像作家のマーク(アンソニー・ラップ)とロックミュージシャンのロジャー(アダム・パスカル)はルームメイトで、家賃を払えず暖房も切られた寒いアパートで、暖をとろうと悪戦苦闘している。以前ルームメイトとして一緒に暮らしていたベニー(テイ・ディグス)は、金持ちのお嬢様と結婚して今やマークたちのアパートの大家であり、家賃を払えとしつこく迫ってくる。別の元ルームメイトである哲学者のコリンズ(ジェシー・L・マーティン)は、マークたちのアパートへ行く途中でちんぴらに襲われ、ストリートドラマーのエンジェル(ウィルソン・ジェレマイン・ヘレディア)に助けられる。心に傷を負い引きこもるロジャー、パフォーマーの彼女モーリーン(イディナ・メンゼル)がレズピアンの恋人を作ったため振られたマーク、マークたちと同じアパートに住み、ロジャーに接近するSMダンサーのミミ(ロザリオ・ドーソン)など、イーストビレッジに住む人々の感情や思惑が絡み合う中、友情や愛情、貧困や病気との闘い、孤独、自分を表現する欲求などが、若いパワーとともにひりひりするような切ない現実感で浮き彫りにされていく。
ミュージカルを観た事があるならば、ストーリーやキャラクターのバックグラウンドなどはすでにわかっているので、舞台ではセットの「見立て」(舞台にあるガラクタや鉄くずの山が、場面によってクリスマスツリーを表したり、教会を表したりする)や、歌詞だけで表現されていたような場面が、しっかりわかりやすく映像化されていることを確認するだけでも楽しい。また、舞台の楽曲はほぼそのまま使われているが、時折歌詞が普通のセリフとしても使われており、歌詞をよく知っているとその使われ方も面白い。
ただし、いくつか舞台では重要と思われる歌が削られていたり、1つの歌の中で一気にストーリーが駆け足で進んでしまったりする部分もある。舞台に思い入れがなければたいした問題ではないと思われるが、舞台ファンにとってはこういった部分は物足りないだろう。
筆者はかなり舞台に通った舞台ファンなので、好きな歌が削られて悲しかったり、舞台と比較してのツッコミどころはたくさんあるのだが、それでも映画鑑賞中には削られていることに気づかなかった歌も意外とあった。やはり、舞台の場合は歌唱力や楽曲の演奏といった、キャストのパフォーマンスそのものも鑑賞対象であるのに対し、映画の場合あくまでも音楽は、作品を構成するたくさんの要素の中の一部であり、もちろんミュージカル映画なのでその比重は比較的高いとはいえ、その主要な要素を占めるわけではないということなのだろう。その辺りの塩梅は難しいと思うのだが、本作はよく処理されている方なのではないか。
そう考えると、「シカゴ」のロブ・マーシャル監督は、際立って上手い作品処理だったといえる。
ただし、舞台を全く知らず、この映画で初めて「レント」を知る人にとっては、ストーリーが少々わかりにくいのではないかとも思う。大切な事実が歌詞1つで通り過ぎてしまったり(これは舞台でも同様なのだが)、先述の通り1曲の中で(強引と思えるほど)ストーリーが駆け足で進んでしまったりすることもあり、話がわかっている筆者でも「え、まさかそうなる?」と思う場面があった。また、アメリカのテレビドラマやミュージカルに精通している人でなければ知らないであろうキャストが多く、日本では地味な作品と思われがちとも聞く。
キャスティングに関しては、もちろん全オリジナルキャストが出演しているわけではなく、特に主演のミミ役を「シン・シティ」のロザリオ・ドーソンが演じることに懸念する声もあった。しかし、初演当時圧倒的な存在感を見せつけたオリジナルキャストの女性は、初演当時ですでに、16才の設定であるこの役を演じるには大人過ぎる容姿だったため、今回若い(といっても26才だが)ロザリオがこの役を演じていることに違和感はなかった。また、オリジナルキャストの印象があまりにも強すぎるこの役を、オリジナルに負けることなく演じるには、無名の女優を使うよりは、ロザリオの知名度はかなり有効だったといえるだろう。
ちなみに、NY在住者や、NYが好きな人にとっては、撮影場所(NYと西海岸)がどこかを注意して見るのも楽しい。作中登場する「ライフ・カフェ」などは、現在も実在する。冒頭の名曲”Seasons of Love”は、現在ミュージカルが上演されているネダーランダー・シアターで撮影されたそうだ。
1227
映像の著作権侵害は、ハリウッド映画界にとってますます深刻な問題になりつつある。このところ米国盤DVDでも、コピープロテクトはもちろん、ディスクを再生するなり違法ダウンロードやコピーは犯罪だと警告する数十秒の映像が流れるものが一段と増えてきた。
映像の違法コピーは、映画館でハンディカム撮影したものから海賊版までさまざまな種類があるが、アメリカで問題になっているのが「スクリーナー」と呼ばれる視聴用ディスクだ。
スクリーナーの多くは、大手メーカーがDVDリリース前に小売店やレビューアー向けに配布するプロモーション用ディスクだ。スクリーナーの映像がネット上で流出するなどの問題は以前からあったが、つい先日、FOXがついに小売店向けのスクリーナー配布を中止すると発表した。FOXでは毎月のニュースレターと共にスクリーナーを小売店に郵送していたが、今後はディーラー向けウェブサイトでのストリーミングで映像を提供するという。ディーラー向けサイトは、登録済みの卸業者や小売店だけが利用できるもので、パスワードでアクセス制限されており、ログも残るためより厳しい管理下に置くことができると考えたのだろう。
また、スクリーナーと言えば、アカデミー賞審査員に配布される審査用のディスクやVHSテープがある。昨年、審査員の一人がスクリーナーの映像をネット上に流出させた事件があったが、それとほぼ同時に、特殊な暗号技術を採用したCineaと呼ばれるディスクが開発されていた。Cineaは一般のDVDプレーヤーでは再生できず、専用プレーヤーでのみ再生が可能だ。
そのCineaの利用を早々に決めたのが、ウォルト・ディズニー社。今年からアカデミー賞審査員にはCienaディスクと専用プレーヤーを送り、それで作品を審査してもらうという。専用プレーヤーを使用するには、オンラインや電話で事前登録をする必要まである。
そのCineaの映像がどの程度のクオリティなのかは謎だが、メーカーが配布している小売店向けスクリーナーDVDの質はひどいもので、DVD Fantasium では視聴用には使っていない。スクリーナーには映画一本がまるまる収録されているが、違法コピー防止のため、「非売品につき視聴のみに利用すること」といった内容の字幕が数秒おきに焼き付けられていたり、ところどころモノクロ映像になったりと観賞耐えられないものが多い。また、特典映像もなかったりで、実際に販売されるDVDとはだいぶ違っている。いったんDVDのリリース日が来れば誰も見向きもしないものだ。
スクリーナーというのは、商品を宣伝したいのかそうでないのか、よく分からない代物ではある。
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今年は12月25日のクリスマスが日曜日だったため、今日は振替休日。
クリスマスのようなナショナル・ホリデー(国が定める祝日)が日曜に重なる場合、翌日は振替休日になるが、カレンダーに明記されていないのでいつも平日と間違いそうになる。
Fantasium も多くのスタッフはお休み、仕事をしているスタッフも半ドンだ。
昨日の夕方からハヌカ(Hanukkah、ユダヤ教の祝祭)が始まり、今日の午前0時からはクワンザ(Kwanzaa、アフリカ系の祝祭)も始まった。クワンザは、アフリカ系移民が民族衣装を着て踊ったりすることは知っているが、ハヌカについてはほとんど報道されないので、一体何をしているのか分からない謎の祝日だ。ジューイッシュ(ユダヤ教徒)の人たちの生活や祝祭には、結構謎が多い。
さて、クリスマス・イブは、午後から近所の友人宅に行き、飲んだり食べたりして夜まで過ごした。パーティというほどのものではないが、家族だけで過ごすだけのクリスマスはけっこう退屈なもので、毎年、集まることが何となく習慣になっている。
クリスマス当日は、家族でプレゼント交換してのんびり過ごしていたら、肝心のアパートのスーパー(管理人)にチップを渡すのをすっかり忘れていたことに気付く。
仕事関係のチップばかり気にしていて、一番重要な人を忘れていた。
このクリスマス・チップをあげるのとあげないのとでは、来年一年間、相手の親切度が違ってくるものなので、渡さないわけにはいかない。
スーパーは同じアパートの地下の部屋に住んでいるのだが、そういえば最近新しい人に代わったばかりでまだ名前も知らなかった。挨拶がてらスーパーの部屋を訪ねるが、留守。ドアに挟んで置いておくことも考えたが、その方法ではちゃんと受け取ったかどうかどうかわからないし、印象が薄いのでよろしくない。
明日、またトライすることにする。