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復讐するは我にあり [ Movie ]

Vengeance Is Mine英題:Vengeance Is Mine
リンカーン・センターにて。1979年今村昌平監督作。緒形拳主演。
先月から行われている第43回ニューヨーク映画祭の特別イベント、「松竹110周年」記念上映のうちの一本。「松竹110周年」は、清水宏から山田洋次まで松竹映画の名作の数々が44本が上映される素晴らしい企画で、これまでに山田洋次監督「隠し剣 鬼の爪」(この映画の観賞記はDVD Fantasium「編集後記」9月27日付に記載)、木下恵介監督「カルメン故郷に帰る」、吉田喜重監督「秋津温泉」を観てきた。
「復讐するは我にあり」は日曜の午後6時30分から上映。ニューヨークで古い日本映画を観に行くと、シニア上映会かと思うほど観客の年齢層の高さが目に付くのだが、今日はなぜか若い観客も多い。相変わらず日本人の姿はまばらで、見るからにインテリっぽい白人が大多数を占めている。今回の松竹のように連日映画館に通っていると、いつも来ている客が他にもいて顔を覚えてしまったりもする。


映画は、九州で人殺しをした後、浜松で宿屋の女主人と関係を続けながら、各地で詐欺を繰り返した連続殺人犯の生い立ちから死刑執行までを辿る。佐木隆三の同名の原作を映画化し、日本アカデミー作品賞、ブルーリボン作品賞・監督賞、キネマ旬報ベストワンほか多数を受賞した傑作だ。
139分という長さを全く感じさせない、演技派俳優陣による重厚なドラマで、出演者は誰もが素晴らしかった。今村昌平監督らしいドキュメンタリー・タッチでありながら時制をわざと入れ替えているところに監督の語り口のようなものを感じた。主人公が逮捕される現在から映画は始まり、最初の殺人を回想した後、子供時代の出来事やその後の人生を織り込みながら、次の殺人に至るまでをじっくりと描く。
現金目当て以外には動機がない最初の殺人で、この主人公は何故人を殺すのか?という疑問がまず湧く。進行するドラマにのめりこみながら疑問の答えを見い出そうとしたが、子供時代の事件からも、その後の行動からも動機は見つからない。結局、最後まで答えはなかった。始めから答えなどないのだろう。主人公に関わる人々は誰もが安穏とした人生を送ってはいない。彼らの苦しみが痛いほど伝わってくるのとは対照的に、良心の呵責さえ感じない主人公が強烈な印象を残した。
題名の「復讐するは我にあり」は、新約聖書からの引用。「主、言い給う、復讐するは我にあり、我これを報いん」という説がある。悪に堪え忍べ、そうすれば神は必ず悪を裁き、わたしたち人間を悪から守ってくれる。つまり、復讐は神のすることであり、人間が勝手にそれをすることは許されないという意味だ。


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